|
夢追人倶楽部
|
有珠山を望む
(伊達市から)
この頃の有珠山は
「しばし、やすろう」ていた
有珠山の銀沼辺り
(1970年頃)
なんと1977年の噴火は
この場所だったそうな
第2回高文連演奏会
(1969年頃)
もしかしたらNコンかも
誰か、記憶を・・・
学園祭での1こま
(1970年頃)
60年代後半から
フォークソングブームの
真っ只中だ!
20周年記念大会
(1991年)
没後・・・えっ、あ〜?
卒後20周年記念大会!
|
ウウェペケレ(昔話)
昔、アイヌモシリの南のコタンに40人ばかりの若者達がおった。彼らは、みんな歌が好きで、いつも寄っては集っては歌ってばかりおった。時には「ペッア〜ノ」、時には「ゲェ〜タ〜」、またあるときには「アカピ〜ラ」とやらで、ともかく理由は何でも良かったし、場所も時も関係なく集まっては歌っておった。誰に迷惑をかけることもなく、それは本当に気の良い若者達であったさ。
自分達のことを「しずくの子供達」と呼び、やがて「しずくの会」となって、相変わらず集まっては歌っていたんだが、楽しい時は流れて、いつしかちりぢりになってしまったんだと。
|
たったひとつぶの「しずく」が落ちて
水面にしずかな波紋はひろがり
その輪のはじまりから、ポツンと歌が生まれる
水から歌は生まれて、よりそってやがて
大きなコーラスとなり、大空の彼方へきえていった・・・ |
そして、そんな若者達もいつしか年をとり、ふと気がついたら爺さまと婆さまになっていたさ。
しかし、さすが〜に「しずく」だ。一人がポツンと声をかけたところ、子育ても終わってこれからが第二の青春とばかりに、とたんに羽目をはずし始めたんだと。もともとが陽気で気さくな若者達であったから、それはそれは・・・
なんちゃってね。ははは!
実は、物置を整理したらカビだらけになった写真が何枚か出てきた。思い立って(はっきり言って洒落で)、このページを作ってみた。写真にカビがあって、見ずらくなっているのはご愛嬌と言うことで、どうかひとつ。
(誰か、きれいな写真を持っていたら、こんど貸してくれだ〜よ!)
でも、改めて見直すと、写真がみんなモノクローム!時代ってやつかな〜?しかもセピア色に変色してたりして・・・、ん〜、これが「いい味」ってやつだよな〜?
でも、この小さな文字だと、読めないって文句をいうやつが出てきそうだな。写真もそうだ。
老眼鏡が必要だって騒ぐやつ・・・。そんな面倒までは見られませんので、どうかひとつ。
(カビのために、写真はアップには耐えないのだ!)
ところで、2月16日(土)に達也の家に行ったら、なんと北海道から出てきた幸雄が居た。
しかも、若っか〜い奥さんを連れてた!結婚したことも知らなかったし、ましてやそこに居ることも知らなかったんだから、それは驚いた。
で、今年はわれわれが高校を卒業した1972年から数えて30年の節目にあたることを知った。
計算すればわかることだけれど、計算していなかったんだから、分からなかったのは仕方が無い!(居直ってどうする!)
と言うわけで(どう言うわけだ?)、ちょうど写真が何枚か出てきたので、それで簡単なページを作ってみた。もし、じいさま、ばあさまになったメンバーがどうにかパソコンが使えて(使えなくたって良い。娘や息子、場合によっては孫のパソコンを使ってでも)インターネットに接続できるなら、爺婆の恒常的な情報交換サイトにすることも考えるので、意見をちょうだい。
そうそう、「由利姉」のリクエストと「あっけ」と「達也」と「幸雄」とで、今年の「しずく会」の開催が急遽決定いたしました。もし、メンバーの誰かが検索でもして、偶然にこのサイトに出会ったときには、そう言うことですので、どうかひとつ!石塚君もびっくりせずに、どうかよろしく!
写真をクリックすると、しずく会の他のページ(と言っても、カビの生えた写真なんだけど)が見られます。みんな持っているものだと思うけれど・・・ どうかひとつ!
※ 掲示板を設置しましたので、利用してみてください。 → <掲示板へ>
|